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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)2831号 判決 1988年11月08日

原告(反訴被告)

永井博光

被告(反訴原告)

田村英蔵

主文

一  原告(反訴被告)の被告(反訴原告)に対する別紙交通事故目録記載の交通事故に基づく損害賠償債務は、二八九万一三〇〇円及びこれに対する昭和六一年五月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払債務を超えて存在しないことを確認する。

二  被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し、二八九万一三〇〇円及びこれに対する昭和六三年五月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告(反訴被告)及び被告(反訴原告)のその余の各請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、本訴及び反訴を通じてこれを五分し、その四を被告(反訴原告)の、その余の原告(反訴被告)の各負担とする。

五  この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告(反訴被告、以下「原告」という。)

1  原告の被告(反訴原告、以下「被告」という。)に対する別紙交通事故目録記載の交通事故(以下「本件事故」という。)に基づく損害賠償債務は、二四九万一三〇〇円を超えて存在しないことを確認する。

2  被告の反訴請求を棄却する。

3  訴訟費用は本訴反訴を通じて被告の負担とする。

二  被告

1  原告の本訴請求を棄却する。

2  原告は被告に対し、一〇九九万二〇〇〇円及びこれに対する昭和六三年五月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は本訴反訴を通じて原告の負担とする。

4  2につき仮執行宣言

第二当事者の主張

一  本訴請求原因

1  被告は、原告に対する本件事故に基づく損害賠償債権が多額にある旨主張している。

2  しかし、右損害賠償債務は二四九万一三〇〇円を超えては存在しないから、その旨の確認を求める。

二  本訴請求原因に対する認否

本訴請求原因1の事実は認める。同2は争う。

三  本訴抗弁及び反訴請求の原因

1  事故の発生と被害車の損壊

被害車は、本件事故の衝撃により道路脇の人家の垣根に衝突して停止し、後部右側が凹んだほか、屋根の一番剛性のあるところまで歪み、後部トランクが閉まらなくなつて、車体全体が歪んでしまつた。

2  責任原因

(一) 不法行為

原告は、前方不注意の過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条により被告の後記損害を賠償すべき責任がある。

(二) 支払約束

原告は、被告に対し、昭和六一年七月一四日、本件事故により生じた治療費、自動車の破損費、代車料、交通費、日当、その他一切の損害を賠償する旨約した。

3  損害 合計一〇九九万二〇〇〇円

(一) 被害車全損による損害 六〇〇万円

被害車は、屋根及び車体全体で強度を保つという特殊な構造のイタリア製乗用自動車(デトマソ・パンテーラ)であるところ、本件事故により車体全体が歪んでしまつたため、日本国内では車体の外形の修理を除いた車体の歪み及びこれを原因として発生する走行中の車体の振れを完全に消滅させることはできず、したがつて、本件事故前の状態に回復することは不可能な状態になつた。

ところで、被害車の本件事故当時の時価は六〇〇万円であるから、被告は、本件事故により六〇〇万円相当の損害を被つたものというべきである。

(二) 代車料 四九九万二〇〇〇円

被告は、本件事故により被害車を使用することができなくなつたことから、通勤及び被告の趣味であるカークラブでのレジヤーに使用するため、訴外株式会社志村ホンダから昭和六一年五月二一日から昭和六二年四月二〇日までの三三五日間にわたりドイツ製の普通乗用自動車(アウデイー)を借り、同訴外会社に対し合計四九九万二〇〇〇円の使用料を負担した。

4  よつて、被告は原告に対し、反訴として、右損害の合計額一〇九九万二〇〇〇円及びこれに対する本件事故の日の後である昭和六三年五月二四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  本訴抗弁及び反訴請求原因に対する認否

1  本訴抗弁及び反訴請求原因1(事故の発生と被害車の損壊)の事実のうち、本件事故の発生及び本件事故の衝撃により被害車が道路脇の人家の垣根に衝突して停止したことは認めるが、その余の事実は知らない。

2  同2(責任原因)の(一)(不法行為)の事実は認める。

同(二)(支払約束)の事実は否認する。被告主張の内容の書面を作成したことはあるが、これは被告の指示に従つて作成したものにすぎず、未だ合意の内容とはなつていない。ただし、本件事故と相当因果関係のある損害については賠償に応ずる意思はある。

3  同3(損害)の事実は知らない。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  本訴請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで本訴抗弁及び反訴請求原因の各事実について判断する。

1  本件事故の発生、本件事故の衝撃により被害車が道路脇の人家の垣根に衝突して停止したこと及び原告が前方不注意の過失により本件事故を発生させたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実によれば、原告は民法七〇九条により被告の後記損害を賠償すべき責任がある。

なお、原本の存在及び成立に争いのない乙第一号証によれば、原告は、昭和六一年七月一四日、本件事故により生じた治療費、自動車の破損費、代車料、交通費、日当、その他一切の損害を賠償することを約束する旨記載された念書を作成した事実が認められるが、右念書の記載内容は、要するに本件事故と相当因果関係の認められるすべての損害を賠償することを確認したものにすぎず、相当因果関係のない損害を賠償することまで約束したものではないと解するのが合理的であるから、原告の民法七〇九条に基づく前記責任の範囲に何ら変更を加えるものではないというべきである。

2  進んで被告の損害について判断する。

(一)  前記争いのない事実に、原本の存在及び成立についていずれも当事者間に争いのない甲第一及び第四号証、成立についていずれも当事者間に争いのない甲第三、第六及び第七号証、証人中野幸住の証言により真正に成立したものと認められる甲第八号証、証人明平康成の証言により真正に成立したものと認められる乙第二号証の一ないし四、第三及び第四号証、原本の存在及び官公署作成部分についてはいずれも当事者間に争いがなくその余の部分については弁論の全趣旨により真正に成立したことが認められる乙第五及び第六号証、昭和六一年七月二六日矢納次雄が被害車の損壊状況を撮影した写真であることについて当事者間に争いのない甲第二号証、証人中野幸住及び同明平康成の各証言(ただし、乙第三及び第四号証並びに証人明平康成の証言については後記採用しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められ、この認定に反する乙第三及び第四号証の各記載部分並びに証人明平康成の証言部分はこれを採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 本件事故は、本件道路の北側車線を西から東に向けて進行していた被害車が、Uターンしようとして本件道路の南側車線上に車体前部を南西方向に向けて停止していたところ、被害車に続いて本件道路の北側車線を西から東に向けて時速六〇キロメートルの速度で進行してきた加害車が、被害車の発見遅れから、前方約一五・四メートルで左にハンドルを切ると同時に急制動したが間に合わず、スリツプし、加害車の右側後部が、北側車線上に約五〇センチメートル程出ていた被害車の後部右側に衝突したものであり、この衝突により、被害車は、右側後部フエンダーが凹損したほか右側テールランプが破損し、右側のリヤクオーターパネルが少し湾曲するなどの損傷を受けた。

(2) 被害車の右損傷部分の原状回復のためには、リヤバンパー、右テールランプ、右リヤクオーターパネルアウター、右リヤクオーターオーバーフエンダー等の交換のほか、リヤボデイーエンドパネル、右リヤインナーパネル、リヤトランクルームフロア、リヤゲートパネル等の板金修理、右リヤサスペンシヨンの点検・修正、損傷部分の塗装等の作業が必要であり、本件事故当時右作業には部品価格及び工賃を含めて二四九万一三〇〇円の費用が必要であつた。

(3) 被害車は、スーパーカーといわれるイタリア製の特殊な乗用自動車(デトマソ・パンテーラ)であるため、右修理作業に要する交換部品は直接イタリアから取り寄せる必要があり、その部品取寄のための期間も考慮すると、被害車の右修理作業を完了するには約五〇日間を要する。

(4) 被告は、本件事故により被害車を使用することができなくなつたことから、通勤及び被告の趣味であるカークラブでのレジヤーに使用するため、訴外株式会社志村ホンダから昭和六一年五月二一日より昭和六二年四月二〇日までの三三五日間にわたりドイツ製の普通乗用自動車(アウデイー)を賃借し、同訴外会社に対し合計四九九万二〇〇〇円の賃料を負担した。

なお国産車の賃料は、排気量二〇〇〇CC程度の普通乗用自動車で一日八〇〇〇円程度である。

(二)  被告は、被害車は、屋根及び車体全体で強度を保つという特殊な構造の自動車であるため、本件事故により車体全体が歪んでしまつた以上日本国内ではその車体の歪み及びこれを原因として発生する走行中の車体の振れを完全に消滅させることはできず、したがつて、本件事故により被害車は本件事故前の状態に回復することは不可能な状態になつた旨主張し、証人明平康成は、被害車の走行中の車体の振れを完全に消滅させるためには、主な部品のすべてを交換しなければならず、そのためには約七〇〇万円の費用が必要である旨証言する。

しかし、被害車が特殊な構造の自動車であることを認めるに足りる証拠がないのみでなく、証人中野幸住は、前記認定の修理内容と費用見積は、被害車がいわゆるスーパーカーという外国製の特殊な乗用自動車であることを考慮に入れ、国産車に比較してはるかに丁寧でしかも十分に余裕を見た修理を想定して結論を出したものであり、同証人が直接確認した被害車の本件事故による損傷状況に照らせば、右修理内容さえ完全に実施されれば被害車が時速二〇〇キロメートル程度の速度で走行しても車体の振れが生じることはありえないと予想できる旨証言している。

更に、<1>同証人の証言によれば、同証人は、昭和三九年に現在のアジヤスターの職に就く以前は、約一三年間にわたつて米軍基地内で自動車修理の責任者としてその指導及び監督の仕事をしていたこと、被害車の前にも一〇回以上被害車と同型車の修理費の調査を保険会社の依頼によつて実施した経験があることが認められるのに対し、証人明平康成の証言によれば、同証人は、国内の自動車会社に約二年間勤務し、また、自動車修理の経験も有しているとはいうものの、被害車と同型車(デトマソ・パンテーラ)の修理を担当した経験は全くなく、しかも、同人の現在の勤務先は板金程度の修理もすべて他の修理専門業者に外注に出しており、同証人の前記証言もその修理専門業者の出した見積をそのまま述べたものにすぎないことが認められること、<2>前掲乙第四号証及び証人明平康成の証言によれば、被害車の車体の歪みを板金修理によつて修正することを前提にしてその費用を見積れば、外注先の修理専門業者の見積によつても、本件事故と相当因果関係のある損傷部分の修理費用は二五〇万円足らずの金額にしかならず(前掲乙第四号証に記載されている修理項目のうち、被告が本件事故後一年六か月余の間被害車のエンジンを使用せずに放置していたことによつて発生したエンジン及び電気系統等の不具合は、本件事故と相当因果関係のある損傷とは認め難い。)、右見積の下に実施された修理によつて、一〇ミリメートルないし二〇ミリメートルのフレームの歪みは少なくとも外観上は完全に修正が完了したことが認められること、<3>前掲乙第四号証によれば、前記フレームの修正の費用としては一三万円が計上されていることが認められるのに対し、前掲甲第七号証及び証人中野幸住の証言によれば、同証人の調査報告には前記フレームの修正と実質的に同じ内容を持つ右リヤインナーパネル及びリヤトランクルームフロアの板金修理として一八万円が計上されており、証人明平康成の勤務先が外注に出した修理専門業者よりも高額に見積られていることが認められる。

以上の証人中野幸住の前記証言等を考慮すると、被害車の主な部品すべてを交換しなければ走行中の車体の振れを完全に消滅させることはできない旨の証人明平康成の前記証言は採用することができず、他に被告の前記主張を認めるに足りる証拠はない。

したがつて、本件事故と相当因果関係のある被害車の修理代金は前記二四九万一三〇〇円と認めるのが相当である。

(三)  また、被告が、本件事故によつて使用することができなくなつた被害車の代わりに昭和六一年五月二一日から昭和六二年四月二〇日までの三三五日間にわたりドイツ製の普通乗用自動車(アウデイー)を賃借し、合計四九九万二〇〇〇円の賃料を負担したことは前記認定のとおりであるが、レジヤーのために代車を使用していたとしても右費用は本件事故と相当因果関係のある損害とは認め難いし、通勤目的に使用したとしても、外国製の普通乗用自動車を使用しなければならない特別の事情について何らの主張・立証のない本件においては、国産の普通乗用自動車の賃料相当額一日八〇〇〇円の範囲内で、被害車の修理に要したと推認される期間五〇日間の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

したがつて、本件事故と相当因果関係のある代車料相当の損害額は四〇万円となる。

三  以上のとおり、原告は被告に対し、本件交通事故に基づき二八九万一三〇〇円の損害賠償金の支払債務とこれに対する本件事故の日である昭和六一年五月三日から支払ずみまで民法所定年五分の遅延損害金の支払債務を負つているものというべきであるから、原告の本訴請求は右各支払債務を超えて存在しないことを確認する限度で、被告の反訴請求は、原告に対し、二八九万一三〇〇円及びこれに対する本件事故の日より後の昭和六三年五月二四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金(遅延損害金の請求は一部請求)の支払を求める限度でそれぞれ認容することとし、原告の被告に対するその余の本訴請求及び被告の原告に対するその余の反訴請求は理由がないのでいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田保幸 原田卓 潮見直之)

別紙 交通事故目録

一 日時 昭和六一年五月三日午後九時一五分ころ

二 場所 長野県伊那市大字伊那部二八八―一付近道路上(以下「本件道路」という。)

三 加害者

1 運転者 原告

2 加害車 普通乗用自動車(長野五五ろ四四九〇)

四 被害者

1 運転者 被告

2 被害車 普通乗用自動車(練馬三三て四一五四)

五 事故の態様

加害車が前記路上に停止していた被害車の後部右側面に衝突

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